問題の中にしか自我の輝きを見出だせない上司先輩の正体①

あなたの周囲には、なぜかいつでも弱い立場の他人が起こした問題の渦中にいて、「困った」「困った」と言いながらその解決に奔走している人はいませんか?今回はその人たちの正体を暴露します。

アクシデントやインシデントへの対処が「キモチイイ」

まず、彼らはそれが快楽だからやっています。

「あーもう!なんでこうも問題ばかり起こるの!」

とか決まり文句のように言っているかもしれませんが、意識の深いところでは最高に喜んでいます。

 

すごい不味い食べ物ばっかり食べているうちに、それが大好きになってしまった人です。

 

アクシデント(事故)やインシデント(人が原因の事件)の中に、自我の発現の快楽を見出す状態というのは、自我の喪失レベルとしてはかなりのハイレベルな状態です。病気なら末期です。

 

彼らはこの「ただの観察結果」を強い批判と受け取ります。

彼らには世界はこのように見えている「問題だらけ」

人は見たいと思うものを見ます。

 

問題(アクシデントやインシデント)の中に自我を見出してしまった人間は、同じ世界を見ていても問題だらけの世界を見ています。

彼らは例えば何もない独居房のようなところに入れられても、壁の小さなヒビや、拭けない窓の外側の汚れなど、瞬時に問題を見つけ出してしまいます。

 

自分は何者であるかは、それを見失ってしまった人や、自我が可変式の外的条件に紐付けられてしまった人たちにとっては常に何よりも見たいもの(潜在的な関心事)です。

誰だって自分に嘘はつけません。自分でないもので自分を定義できないのは潜在的に自分がいちばんよくわかっているので、この欲求は止むことなく視界にフィルターをかけています。

 

自分の居場所(自我の存在意義を確認できる条件)が、

  • アクシデントやインシデントへの対処そのもの
  • もしくはアクシデントやインシデントについての上司への報告

に紐付いている人は、ちょうど思春期男子が目覚めて爆発する性欲のままに何でも興奮材料にしてしまうように、性欲と同じかそれ以上の強烈な情熱で、問題ではないものを問題とし、世界にフィルターをかけて視界にアクシデントやインシデントを文字通り創造します。

アクシデントやインシデントが快楽をもたらす理由

アクシデントやインシデントというのは、レスポンスの速いリズミカルなイベントです。

 

例えば、部下の接客態度が原因でクレームが発生したとしたら、対処している間は自分が考えて発した言葉に対してお客さんの反応がすぐに返ってきます。

部下への指導も同様です。何か指摘すれば質問なり反省の言葉なりがすぐに返ってきます。

つまり、そんなに待たなくていいわけです。彼らにとってはこの「じっと待つ」というのが心を刃物で撫でられるような痛みですので。

 

そして何より、解決までの間、お客さんや部下から必要とされます。これこそがメインディッシュです。

必要とされている間は、もうとっくに忘れていることすら忘れてしまったであろう、自分を忘れていることの苦しみ(エンドレスな孤独)から開放され、あたかもピクロスみたいに、その飛び交う反応の中で打ち出された、外部から形作られた自我に酔いしれることができます。

 

彼らのほとんどは注意や警告をする時に半笑いでやってきますが、実は本人は気づいていません。心からの喜びが顔に表れている結果で、照れ隠しなどではありません。

嘲るような笑顔を見せる人の場合、本当に嘲っているのは、注意指摘でしか存在意義を確認できない脆いアイデンティティの自分自身です。

アクシデントやインシデントが終わってしまったら……

しかし、その自我は仮初めで、泡沫のようなものです。案件が終わってしまえば、彼らには再び原因不明(!)の不安や孤独や恐怖が宿ります。※実際に観察してみて下さい。寂しそうな、つまらなそうな目をしているはずです。

 

すると、彼らはどうするでしょうか。

 

分から問題を起こしにいきます

よーく観察してみてください。彼らは常にそうしています。

 

自我を感じたい(自分は何者なのか知りたい)、という欲求は潜在意識のレベルにありますので、彼らは無意識的に問題が起きるように立ち回っているはずです。

何か消化しきれないストレスを受けた時以外では、直接的に自分から原因を発することはありません。基本的には、極めて自然に、間接的に状況を創り出しているはずです。

 

お客さんのなんでもない一言をクレームと受け取り、接客した部下を大騒ぎで注意しに来たり、昨日まで何も言われなかった身だしなみを急に注意しだしたりします。

また、その権限を持つ人ならば、ある日突然多くの人が引っかかるであろうルールを唐突に設けたりします。「お客様のため」という大義名分を高く掲げながら。

彼らの幻の免罪符「しかし欲求にスイッチはない」

これを表面だけ見ると、なぜか問題が発生した時にいつも近くにいる人、のように見えます。

 

こういう上司は、

「ケツは拭くからお前の好きなようにやれ!」

とは絶対に言ませんし、そういうことを言う人の気持ちがまったく理解できません。人によっては「バカじゃないの?」と見下してさえいるでしょう。

 

 

また、こういう人の多くが

 

「でも、仕事モードのON-OFFがはっきりしてるから……」

 

という、自分以外誰の癒やしにもならない独りよがりな言い訳を免罪符にしています。

 

じゃあその仕事モードとそうじゃないモードを判定しているのは

っていう話です。

このコアの部分にもきっちり影響力を持っている欲求ですから、スイッチなんてついていません。目を背けているだけ。

 

よって、「自分よりも弱い立場の人間が起こす問題の解決の中に自我を見出しちゃってやめられない」という意識(動機)は常に稼働状態であり、遅かれ早かれ訪れる、それが生み出す危険(結果)から本人は逃れることができない、ということです。

 

 

長くなりましたので一回切ります。

次回は、アクシデントインシデント大好きマンの危険性と、対処法についてお話しします。

 




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